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徳島地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決

原告 野口ラク

被告 徳島県知事

訴訟代理人 越知伝 外五名

主文

原告の訴は、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十六年六月二十五日原告に対してなした別紙目録H記載の立木収去処分は無効であることを確認する。被告が昭和二十九年一月二十日原告に対してなした別紙目録(一)記載の立木収去代執行戒告異議棄却の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次の如く述べた。

一、原告は元、別紙目録(二)記載の地番に山林四筆合計三反四畝六歩(以下「本件土地」という。)を所有し、国が本件土地を自創法第三十条に基き未墾地買収をしたけれども、その地上にある別紙目録(二)記載の立木(以下、「本件立木」という。)を収去しなかつたところ、被告は、昭和二十六年六月二十五日原告に対し自創法第三十三条第三十条に基き、本件立木収去処分を行つた。然し、右収去処分は左の事由により無効であるからその確認を求める。

(1)  被告は、右収去命令告知のため、本件立木の占有者にして所有者である原告に対し、収去すべき旨の収去令書を交付しなければならない(自創法施行規則第十九条)のに拘らず、その交付をしなかつた。

(2)  仮りに、右収去令書の交付があつたとしても、被告が自創法に基いて本件立木を収去し得るのは、本件土地の買収後売渡前の国が自ら所有している期間内に限るというべきところ、被告は、収去令書を原告に交付したと称する昭和二十六年七月二十八日頃以降である昭和二十七年九月一日に、本件土地を原森之助外六名に売渡したのであるから、同日を以て右収去命令の効力は消滅した。

二、然るに、被告は、右の無効な本件立木収去処分を有効なものと前提して原告に対し、昭和二十八年二月十一日処分月日不明の行政代執行法第三条に基く戒告書を次いで同年十一月三十日同日付戒告書を各送達して来たので、原告は同年十二月頃行政代執行法第七条に基き右収去処分の無効及び戒告書記載の本件立木数量は別紙目録(一)記載の如く過少の数量であり、且つ記載程度の数量は既に原告が収去済であり、残余については、改めて戒告すべきことを理由として、異議申立をしたところ、被告は昭和二十九年一月二十日右異議を理由がないとして棄却の裁決をした。然し、被告のなした右異議棄却裁決は前叙の如く違法であるから、その取消を訴求する。

三、本件訴の利益に関し、被告が右収去処分及び代執行戒告の有効を前提として、昭和二十九年一月二十五日頃原告に対し、同月二十三日付代執行令書を送達交付し同月二十七日代執行に着手し、同年二月三日之を終了し、原告がその頃被告より収去した本件立木全部の引渡を受けたことは認める。然し、本件訴は次の点より権利保護の利益を有する。

(1)  本件立木収去処分が無効であることが確認されれば被告は抽象的に再び適法な収去処分をしなければならなくなり、原告は農地法第五十五条に従い、本件立木買収請求権及び本件立木収去に伴う損失補償請求権を行使することができる。

(2)  仮りに(1) が理由がないとしても、原告は被告の前記違法な行政処分によつて本件立木買収請求権及び本件立木収去に伴う損失補償請求権行使の機会を失わしめられ、これによつて幾多の損害を蒙つており、後日、国家賠償法に基く損害賠償請求の前提問題として、前記各処分の効力を確定する必要がある。

(3) 仮りに(1) (2) が理由がないとしても、後行処分である本件立木収去代執行処分は前記の如く、被告の原告に対する収去命令に基かずになした処分で無効であり、法律上存在しないものというべきであるから、これによつて前行処分である本件立木収去処分等の効力を争う訴は何らの影響を受けるものではない。もし、そうでないとすれば無効な前行処分を争う権利を被告のなした無効な後行処分により、不当に奪う結果になる。

〈立証 省略〉

被告指定代理人等は、本案前の抗弁として、「原告の訴はいずれもこれを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその理由として、本件立木収去命令に基く代執行処分は、原告主張の如く代執行戒告の後昭和二十九年一月二十三日頃原告に対し代執行令書を送達交付し、同年同月二十七日代執行に着手し、同年二月三日収去完了し、本件立木全部(松二一、六三九石、くぬぎ一九、三二四石、雑木〇、七二五石、かし三六、二四五石)は、即日被告より原告に引渡済である。

右のように、収去命令が遵守せられず代執行手続によつて収去が実施せられた現在、その処分に基く現在の権利または地位はすでに確定しているので、それは過去の行政処分を争うものに過ぎない。故に、原告がいかに収去命令或は代執行による本件収去処分そのものの無効を主張しても、また収去代執行戒告に対する異議棄却裁決の適否を審査しても、何らそれを求める法律上の利益はないと述べ、

本案につき「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次の如く述べた。

本件土地が、元原告の所有であり、被告が昭和二十四年十二月一日これを自創法に基き未墾地買収をなし、原告が本件立木の収去をしないので昭和二十六年六月二十五日本件立木の収去処分を行つたこと、被告が昭和二十七年九月一日本件土地を原外六名に売渡したこと、被告が原告に対し、その主張の如く、行政代執行法第三条による戒告をなし、原告がこれに対し主張の如く異議を申立てたので、昭和二十九年一月二十日これを棄却する裁決をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

本件立木収去処分は適法有効である。すなわち、

(一)  被告は、昭和二十八年六月二十五日本件立木の占有者にして所有者である原告に対し、同年七月三十日迄に本件立木を収去すべき旨の徳島県達第四十三号収去令書を発送し、右令書は同年六月二十八日頃原告に到達し、交付された。

(二)  本件立木収去命令が、本件土地売渡により失効すると原告は主張するけれども、

(1)  自作農創設の目的に供せられるべき買収未墾地上に存する地上物件の収去義務が公法上の義務として自創法第三十三条の収去命令により地上物件の所有者に賦課せられた限り、その義務の存続は、未墾地の所有権が国より第三者に移転する私法上の帰属関係とは無関係のものと考えるべきであるので、本件において、収去命令の効力には何らの消長はない。而して自創法の精神がその第一条に明記せられている如く、広汎且つ急速な自作農の創設を主眼とする限り自作農創設のため買収した未墾地は速かに適格者に売渡し開墾されるべきであり、開墾の障碍となる地上物件の不収去は長く放置すべきではない。

右の如く、公益上の理由の存在も亦明らかであるので自創法第三十三条による収去義務は、右自創法の目的達成上収去命令が有効に発せられている限り物件の収去せられない間は存続するものというべきである。

(2)  仮りに、(1) が理由がないとしても(被告は昭和二十八年十一月十日原森之助外六名に対する本件土地売渡処分を取消し、売渡以前の状態に復しているから失効していた収去命令の効力は復活したものというべきである。

(三) 本件立木収去命令は右の如く適法有効であり、また、戒告書記載の立木数量は本件土地上に存在した立木全部の概数を示したものであり、それは、本件立木収去命令の趣旨及び社会通念より何人も敢て異存なきものであるから被告のなした本件立木収去代執行戒告異議棄却裁決は適法である。

〈立証 省略〉

理由

一、立木収去処分無効確認について、

被告が昭和二十九年一月二十五日原告に対し本件立木収去代執行令書を送達交付し、同年同月二十七日代執行に着手し、同年二月三日全部を収去の上、即日、これを原告に引渡しをなし、本件土地上に全く本件立木が存在しないことは当事者間に争いがない。

原告は本訴において、被告が昭和二十六年六月二十五日原告に対してなした本件立木収去命令の無効確認を求めるものである。一般に、被買収未墾地上に存在する立木に対し自創法第三十三条に基き行政庁のなした立木収去命令の効力を争う争訟においてその立木が完全に収去され所有者に引渡されて現存しない場合は、立木収去処分はその窮極目的を到達し争訟の対象物を全く欠くに至るから、右立木収去命令の効力を争う訴は、これを求める法律上の利益を有しない。従つて、本件立木収去処分無効確認の訴は権利保護の利益を有しない。

原告は、本件立木収去処分が無効であることが確認されれば、被告は抽象的に再び適法な収去処分をしなければならなくなり、原告はその際、本件立木買収請求権及び本件立木収去に伴う損失補償請求権行使の機会があると主張するけれども、たとえ本件立木収去処分が無効であつたとしても、現在本件土地上に全く本件立木が存在しないのであるから、被告行政庁が将来適法に本件立木収去命令を発することを期待することができず、従つて、原告は、もはや、本件立木収去に関し、農地法第五十五条に基き、その買収請求権及び右収去に伴う損失補償請求権を行使する機会を全く有しないものである。よつて、この点に関する原告主張は採用するに由ない。

次に、原告は、被告の違法な本件立木収去処分が不知の間になされたことにより、自創法施行規則第二十条所定の期間を経過し、本件立木買収請求権及び右収去に伴う損失補償請求権を行使する機会を失わしめられこれによつて、原告は幾多の損害を蒙つており、後日国家賠償法に基く損害賠償請求をする前提問題として収去処分の効力を確定しておく必要があると主張する。

然しながら、行政処分の効力を争ういわゆる行政訴訟は、当該処分の効力の確定に重点があるのに対し、国家賠償法に基く損害賠償請求訴訟は、違法な当該処分により生じた損害の帰属を確定し被処分者の蒙つた経済的損失を救済することに重点があり、両者その制度目的を異にするものである。さらに、その制度目的の差異よりすれば、河川法第六十一条砂防法第四十四条等法律に特別の定めのない限り、予め行政訴訟によつて、処分の取消または無効確認の判決を得なくても、損害賠償請求訴訟でその処分の違法を判断することができると解される。従つて、これらの点よりすれば、特許権、実用新案権に関する行政訴訟等行政庁が、裁判上の第一審手続となつている場合等特別の事情のある場合を除いては、特に損害賠償請求の個々の構成要件事実の存在すなわち、当該処分が違法であることを先づ行政訴訟で確定しておく必要は存在しないものといわなければならない。このことは、現に損害賠償請求訴訟が係属していると否とを問わないというべきである。本件においては、何ら特別の事情も認められないから、右説示のとおり、損害賠償請求の前提問題というだけでは法律上の利益があるということはできない。

さらに、原告は、後行処分である本件代執行処分は被告の原告に対する収去命令に基かずになされた処分が無効であり、法律上は存在しないものというべきであるからこれによつて、前行処分である本件立木収去処分の効力を争う訴は何らの影響を受けない。もし、さうでないとすれば、無効な前行処分を争う権利を、被告のなした無効な後行処分により、不当に奪う結果になると主張する。前行処分の無効を争訟中に、その前行処分が有効になされたときに後行処分をなすべき要件が具備する如き関係に立つ後行処分をなしたからといつて、それのみでは、前行処分の無効確認の訴が利益を失うわけではない。本件において、被告が本件立木収去命令が有効になされたことを前提とし、その収去命令に従わず、それを放置することが公共性に反するとして代執行戒告の後代執行処分をなしたことのみでは未だ訴訟の利益を失わないこと原告主張のとおりである。然し、右の如き場合であつても、なお、本件の如く、本件立木が完全に収去されてその所有者である原告に引渡済であるときは、その点より訴訟利益を欠くに至ること冒頭説示のとおりである。また一般に、前行処分の無効を訴訟中に無効な後行処分が執行されることによつて、前行処分を争う利益を喪失するような場合で行政事件訴訟特例法第十条第二項の要件を具備するときは、裁判所は申立または職権で後行処分の執行を停止し、不当に原告が前行処分を争う権利を奪われないようにすることができるけれども、(但し被買収未墾地上の立木収去の代執行処分について、執行停止することは原則として、広汎急速な自作農の創設と食糧増産の為開発適地の未墾地開発の奨励という公共的農業政策的見地よりみて、同法同条同項但書の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞のあるときに該当し許されないと解すべきである。)本件において、本件立木収去処分に対する訴訟係属前すでに本件立木収去代執行処分が終了した結果、原告が現在本件立木収去処分無効確認の訴訟利益を失つたことは法律上止むを得ないものであり、決して、原告の本件立木収去処分を争う権利を不当に奪つたものではないのである。

よつて原告の本件立木収去処分無効確認の請求は失当である。

二、代執行戒告異議棄却裁決取消について、

先ず代執行戒告が訴訟の対象となる行政処分かについて検討する。行政代執行法第三条第一項に基く代執行戒告は、他の手段によつては履行確保することが困難でありその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められる場合に、一連の代執行手続上の一行為として、行政庁がその優越的な地位において同法第二条の義務者に対し、相当の履行期限を定め、期限までにその履行をしないときは代執行をなすべき旨の意思を通知する通知行為(準法律行為的行政行為)であるがその効果は、行政庁が義務者に対し、同法第三条第二項に基く代執行令書を交付するために重要にして必須の一つの、手続上の要件を充足するものである。従つて代執行戒告により、行政庁が右義務者に対し、代執行に入る旨の意思を確定的に表示し、義務者がこれを放置すれば代執行令書の交付をなすべき基礎となるのであるから、右戒告が、義務者に対し、従来負担していた義務以上の義務を課すものではない(この点において、同じ通知行為であつても、土地収用の場合の土地細目の通知、公告等と異る。)としても、戒告が違法である場合には、なお、義務者は事後の代執行令書が交付される時迄傍観することなく、自己の正当な権利を保護するため、戒告の違法を争う利益を有するといわなければならない。また、代執行令書交付の要件として、右戒告を適法になしたが期限内に履行しなかつたことのほか、戒告の場合と様、他同の手段では履行を確保することが困難であり、その不履行を放置することが著しく公益に反するとの要件事実の存続をも必要とするけれども、この点より義務者の前叙の地位を否定し去ることはできない。けだし、前叙の如く戒告は代執行令書交付のために重要にして必須な要件であり、戒告の違法性は代執行令書の交付に承継されるというべきだからである。以上のとおりであるから、代執行戒告も、また、行政事件訴訟特例法第二条にいう「行政庁の処分」に該当すると解するを相当とする。

本件において、原告は、被告が昭和二十九年一月二十日原告に対してなした本件立木収去代執行異議棄却裁決の取消を求めるものである。被告が原告主張の日時にその主張の如き処分をなしたことは当事者間に争がない。然しながら代執行戒告の効力を争う訴は代執行手続が終了した場合は権利保護の利益を有しないと解するを相当とする。本件においては、前説示の如く本件立木収去代執行は既に、昭和二十九年二月三日終了しているから、本件訴は法律上の利益を有しない。

三、結論

以上説示のとおり、原告の本件訴はいずれも法律上の利益を欠き失当であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 山中孝茂 高木積夫)

目録(一)(二)〈省略〉

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